Story

役職定年まで二年の課長が、引き継ぎ書に書かなかったこと

電力・インフラ 課長・50代後半 キャリア

五十八になった年の四月に、笠井は引き継ぎ書を作りはじめた。

役職定年は六十。まだ二年ある。二年もあるのに作りはじめたのは、作っていないと落ち着かなかったからだった。


笠井は電力設備の保守を扱う会社で、技術課の課長を九年やっている。

課員は十四人。設備の点検計画と、外注の管理と、緊急時の対応。夜中に電話が鳴る仕事を、三十六年やってきた。

六十で役職を降りて、そのあとは再雇用で六十五まで。給料は下がる。降りた先に何をするかは、会社からは何も言われていない。


笠井が引き継ぎ書に書いていたのは、業務のことだった。

点検の周期、外注先の癖、過去のトラブルの経緯。誰が読んでも同じように判断できるように、細かく書いた。

三か月で八十ページになった。

妻に「ずいぶん熱心ね」と言われて、笠井は「引き継がんと迷惑かかるからな」と答えた。

それは本当だった。ただ、それだけではなかった。


笠井は、書いている時間だけは落ち着いていた。

書き終えたら、次は自分のことを考えないといけない。考えたくないから、書き続けていた。

そのことに気づいたのは、夏の終わりだった。


先に降りた先輩と、久しぶりに飲んだ。

二つ上で、二年前に役職を降りた人だった。いまは同じ課に、担当者としている。

笠井は、聞きにくいことを聞いた。降りてみて、どうでしたか、と。

先輩はビールを一口飲んでから、こう言った。

「給料が下がるのはな、事前に分かっとるからええんや。きついのは、朝来て何をしたらええか分からん日が来ることや」


先輩は、降りた日から三か月、ほとんど仕事がなかったのだという。

後任の課長は気を遣って、重い仕事を回してこない。周りも「笠井さんに頼んでいいのか」と迷って、聞きにこない。

「わしはな、暇なんが嫌で、頼まれてもない資料を作ったんや。誰も読まんかった」

笠井は笑わなかった。

自分がそうなる姿が、はっきり見えたからだった。


「で、どうしたんですか」

「若いのに聞いたんや。何に困っとるって」

先輩はいま、入社五年目までの現場同行を専門にやっている。誰かが決めた役割ではない。自分で言い出して、そうなった。

「役職は取られる。役割は、自分で作らなあかん」


笠井は、その夜から引き継ぎ書に書いていないことがあるのに気づいた。

八十ページには、業務のやり方しか書いていなかった。

書いていなかったのは、自分が降りたあとに何をするかだった。

それは引き継ぎ書に書くことではない。ただ、誰も書いてくれない以上、自分で書くしかなかった。


笠井は、ノートに三つ書いた。

一つ、外注先との関係は自分が持っている。三十年分の付き合いは、後任にはない。

二つ、過去のトラブルの経緯を知っているのは、いまの課で自分だけになった。

三つ、若手が現場で怖がるところが分かる。自分も怖かったからだ。

書き出してみると、どれも役職とは関係のないものだった。課長でなくなっても、消えない。


笠井は、翌月から少しずつ試した。

若手の現場に、断られない範囲でついていくようにした。最初は嫌がられた。監視されていると思われたらしい。

笠井は、口を出すのをやめた。ついていって、黙って見て、終わってから一つだけ聞く。

「いちばん嫌やったの、どこやった?」

これだけにした。三か月ほどで、若手のほうから日程を言ってくるようになった。


うまくいかなかったこともある。

外注先との関係を後任に渡そうとして、笠井が同席する形で引き継ぎを始めたが、これは失敗した。

笠井がいると、相手は笠井のほうを見て話す。後任は横で黙っている。

三回目から、笠井は行くのをやめた。事前に後任と話して、事後に一度だけ聞く形に変えた。

いないほうが引き継げるものがある、というのは、少し寂しかった。


六十になった四月、笠井は課長を降りた。

朝礼で新しい課長が挨拶をして、笠井は席を一つ移った。窓際ではなかったが、真ん中でもなくなった。

その日の午後、若手から電話がかかってきた。現場で判断に迷っているという。

笠井は行った。


引き継ぎ書は、最終的に百二十ページになった。

そのうち後任が実際に読んだのは、たぶん二十ページくらいだろうと笠井は思っている。

それでいい。

あの八十ページを書いていた三か月は、たしかに逃げていた時間だった。ただ、逃げているうちに、先輩と飲む機会が来た。

降りる日は、最初から決まっていた。決まっていなかったのは、その後だけだった。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。