Story

新規事業の担当が、会議の前に質問をひとつ書いた話

人材・ベンチャー 新規事業3年目・30代前半 人間関係

会議が終わって、全員が立ち上がったあとに、言いたかったことが浮かんだ。

いつもそうだった。

青木は、ノートを閉じながら、いま思いついたことを頭のなかで一度言ってみた。悪くない。三十分前に言えていれば。

社員四十人の人材系ベンチャーで、新規事業の担当をして三年目になる。三十二歳。


週次の事業会議は、一時間で終わる。

参加者は八人。役員が二人と、各事業の責任者。青木がいちばん若い。

話が速い。数字が出て、判断が出て、次の議題に移る。青木がその数字の意味を考えているあいだに、二つ先に進んでいる。

だから青木は黙っていた。分からないから黙っているのではなく、考えている途中で場面が変わるからだった。

三年目になっても、発言は月に一度あるかどうかだった。


言われたのは、四月の面談だった。

役員の高柳が、評価シートを閉じてから言った。

「青木さ、会議で意見ないの」

青木は、ありますけど、と答えた。

「じゃあ言って。言わないと、ないのと同じだから」

そのあと高柳は、少し柔らかい調子で続けた。

「べつに鋭いこと言わなくていいよ。一個でいいから」


青木は、家に帰ってから考えた。

自分は、会議で意見を求められてから考えはじめている。他の人は、たぶん、入る前から何か持っている。

高柳が数字を見て即座に判断できるのは、頭の回転が速いからだと思っていた。ただ、高柳は会議の前にいつも資料を印刷して、赤ペンで何か書き込んでいる。

青木は、資料を会議の場で初めて開いていた。

その場で考えはじめて、間に合っていなかっただけだった。


次の週から、青木は会議の前に一つだけ質問を用意することにした。

意見ではなく、質問にした。意見は間違っているかもしれないが、質問なら間違いようがない。

資料が配られたら、五分だけ見て、分からないところを一つ書き出す。それをノートの一行目に書いておく。

最初の週、青木は書いた質問を読み上げた。

「この解約率、二月だけ跳ねてるのは何かあったんですか」

高柳が「あー、それね」と言って、説明が始まった。三分ほど話が続いて、途中で別の責任者が「うちも似た動きしてる」と言った。

その日の議題に、一つ追加された。

青木は、自分が何かをしたという実感がなかった。ただ質問を読んだだけだった。


続かなくなったのは、五週目だった。

資料が会議の三十分前に届いた週で、青木は別の作業をしていて開けなかった。会議では黙っていた。

その次の週も、バタバタしていて用意できなかった。

二回黙ると、三回目も黙りやすくなる。青木は、以前の状態に戻りかけていることに気づいた。

準備する時間がないのではなく、準備する時間を予定に入れていなかった。

青木は、会議が終わったその場で、次の質問を書くことにした。

会議の最後に、必ず何か引っかかりが残る。それを一行、ノートの次のページに書いておく。次の週、資料が遅れても、質問はもうある。

資料を見てから考えるのをやめた。


半年たっても、青木は会議で長く話してはいない。

発言は、週に一回か二回。ほとんどが質問で、意見はたまにしか言わない。

変わったのは、会議のあとに言いたいことが浮かばなくなったことだった。浮かぶ前に、だいたい聞いている。

高柳が最近、会議前に青木のところへ来て「今日なんか気になってることある」と聞いてくることがある。

青木はノートを見て、書いてある一行を読む。


会議が終わって、全員が立ち上がる。

青木はノートを開いたまま、最後のページに一行書いた。

来週の分だった。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。