Story
介護主任が、帰る前の一行を書き始めた話
更衣室のロッカーの前で、藤井は五分ほど座っていた。
着替えるだけなのに、腰を上げるのが遅くなる。膝が痛いわけでも、腰が張っているわけでもない。ただ、次の動作に移るまでに時間がかかる。
定員二十九名の小規模な特養で、主任になって四年目。四十七歳。
その日は、特別に大変だったわけではない。
朝、入居者の家族から電話があった。先月から入っている男性の娘さんで、話は三十分続いた。父の様子が前より悪くなっている、対応が雑なのではないか、という話だった。
藤井は事実を確認して、記録を読み返して、説明した。娘さんは最後に「すみません、こんなこと言って」と言って電話を切った。
そのあと、午前中の入浴介助に入って、昼の申し送りをして、午後は新人のシフト調整をした。夕方、別の入居者が転倒しかけて、ヒヤリハットの報告書を書いた。
どれも、この仕事では普通のことだった。
普通のことしか起きていない日に、なぜこんなに動けないのか、藤井には分からなかった。
休みの日は、寝ていた。
土曜に十時間寝て、日曜も昼まで寝た。それでも月曜の朝は重い。
夫には「働きすぎだよ」と言われる。時間で言えば、そこまでではない。残業は月に二十時間あるかどうかで、この業界では少ないほうだ。
体力の問題だと思っていた。四十を過ぎたからだ、と。
ただ、体力が落ちたなら、腕や腰に来るはずだった。来ているのは、そこではなかった。
きっかけは、新人の面談だった。
入って半年の子が、辞めたいと言い出した。理由を聞くと、しばらく黙ってから、こう言った。
「何がつらいのか、自分でも分からないんです。夜になると、何かがすごく嫌だったのは覚えてるんですけど、何が嫌だったのか思い出せなくて」
藤井は、その言葉を聞いて、手が止まった。
自分と同じことを言っていた。
藤井はその日、家に帰ってから、朝から順に思い返してみた。何が重かったのかを特定しようとした。入浴介助でもない。シフト調整でもない。
電話だった。
三十分の電話のあいだ、藤井はずっと、相手を傷つけない言い方を探していた。事実を伝えながら、責められていると感じさせないように、言葉を選び続けていた。
そこで使ったものが、戻っていなかった。
疲れているのは体だと思っていた。
体は、寝れば戻る。だから寝ていた。寝ても戻らなかったのは、減っているのが体力ではなかったからだった。
藤井は、自分が一日にどれだけ気を遣っているかを、数えたことがなかった。数えていないから、減っている実感もない。減っている実感がないまま、翌日また同じだけ使う。
次の日から、藤井は帰る前に一行だけ書くことにした。
更衣室に手帳を持ち込んで、着替える前に、今日いちばん気を遣ったことを一行書く。
「家族対応・三十分・言い方を選び続けた」
それだけ。評価もしないし、対策も書かない。
最初の一週間で、藤井は自分の傾向に気づいた。書いた七行のうち、五行が人への説明だった。介助そのものは一度も出てこなかった。
体を使う仕事だと思っていたのに、消耗しているのはそこではなかった。
二週目に、一度書かない日があった。
書かなかったのは、忙しかったからではない。その日がいちばんしんどくて、思い返したくなかったからだった。
藤井は、しんどい日ほど書かないという自分の癖に気づいて、書く場所を変えた。
手帳をやめて、ロッカーの扉の内側に付箋を貼った。着替えるときに必ず目に入る。ペンも一緒に磁石で留めた。
手帳は開かないと書けない。付箋は、目の前にある。それだけの違いだった。
三か月後、藤井は主任会議で一枚の紙を出した。
三か月分の一行を、種類ごとに数えただけの紙だった。家族対応が四十二、職員間の調整が二十八、入居者対応が十五。
施設長は、しばらく黙って見ていた。
「これ、藤井さんだけ?」
「たぶん、みんな似てると思います」
家族対応の窓口を、主任ひとりで持たない体制に変える話が、そこから始まった。すぐには変わらなかった。半年かかった。
藤井の疲れが消えたわけではない。
いまも、更衣室で座り込む日はある。ただ、なぜ座り込んでいるのかが分かるようになった。
分かると、少しだけ扱いやすくなる。今日は使い切ったから、家では何も決めない、という判断ができる。夕飯を作らない日を、罪悪感なしに選べるようになった。
ロッカーの扉を開けると、付箋とペンがある。
藤井は立ったまま、一行書いた。
「今日は何もなかった」
何もない日も、書くことにしている。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。