Story
品質保証の課長代理が、内示の紙を一晩置いた話
会議室に呼ばれた時点で、村瀬はだいたい察していた。
十月に呼ばれる会議室は、たいてい人事の話だ。工場長は椅子をすすめてから、紙を一枚、机の上に滑らせた。
九州の工場。品質保証課の課長。四月から。
「昇格だ。よかったな」
村瀬は「ありがとうございます」と言った。言ってから、自分が何に礼を言ったのか分からなくなった。
村瀬は四十二歳。中堅の食品メーカーで、本社に近い工場の品質保証を八年やっている。
妻はパートで、下の子が小学四年。上の子は中学に上がったところだった。
妻の母が、車で二十分のところに一人で住んでいる。去年、軽い脳梗塞をやった。
その日、村瀬は工場長に「少し考えさせてください」と言えなかった。
言えなかった理由は、あとから考えると単純だった。断れるものだと思っていなかったからだ。
内示は決定だと、十八年ずっとそう思ってきた。だから考える余地があるとも思わなかった。礼を言うか、黙るかの二択だと思っていた。
家に帰って、村瀬は言い出せなかった。
夕飯を食べて、風呂に入って、子どもが寝てから、リビングで妻に切り出した。
「九州、行くことになった」
妻は箸を置いて、しばらく黙ってから「いつ決まったの」と聞いた。
「今日」
「今日聞いて、今日決まったの」
村瀬は答えられなかった。決まったのではなく、決めてきたのだと、そのとき初めて気づいた。
その夜、村瀬は眠れなかった。
頭のなかで、行く場合と行かない場合を交互に考えた。行けば単身赴任になる。妻の母のことがあるから、家族では動けない。行かなければ、この先の昇格はないかもしれない。
どちらも決め手がなかった。決め手がないまま、同じところを何周もした。
朝の四時に、村瀬は起きて台所で水を飲んだ。そこで、自分が一度も紙に書いていないことに気づいた。
翌日の昼休み、村瀬は工場の外に出て、車のなかでノートを開いた。
書き出したのは、決断ではなかった。分かっていないことのほうだった。
赴任は何年の想定か。単身と帯同のどちらが前提か。住宅の補助はどうなるか。帰省の費用は何回分出るか。断った場合、次の異動はどう扱われるか。
六つ書いて、村瀬は自分が何も知らないまま礼を言ったことを知った。
期限のことも書いた。いつまでに返事をすればいいのか。それすら聞いていなかった。
村瀬は、その日の夕方に工場長のところへ行った。
断りに行ったのではない。聞きに行った。
「昨日の件なんですが、条件を確認させてください。あと、返事はいつまでにお伝えすればいいですか」
工場長は少し驚いた顔をして、それから「来月の頭まででいい」と言った。
紙は、その場では出てこなかった。人事に確認して、一週間後に書面が来た。
単身赴任手当の額と、帰省の回数と、想定される期間が書いてあった。三年から五年、と書いてあった。
数字が出てから、村瀬は妻ともう一度話した。
前回と違ったのは、話す材料があったことだった。何年か、いくらか、月に何回帰れるか。
妻は「三年なら」と言った。「五年になるなら、そのとき考え直させて」
その一言で、村瀬のなかの何かが軽くなった。
いま全部を決めなくていい、ということだった。
村瀬は受けた。
四月に九州へ行って、月に一度帰ってくる生活になった。楽ではなかった。下の子の運動会には行けなかったし、義母の通院には妻が一人で付き添った。
ただ、村瀬は自分が納得して選んだことだけは覚えていた。
納得していると、うまくいかない日に人のせいにしなくて済む。これは、思っていたより大きな違いだった。
二年目の秋、後輩から電話がかかってきた。
本社の同じ課にいた男が、内示を受けたという。動揺した声だった。
「村瀬さん、これって断れるんですかね」
村瀬は少し考えてから、こう言った。
「断れるかどうかは分からん。ただ、その場で答えんでええ。条件を紙でもらえ。期限も聞け」
「そんなこと言っていいんですか」
「言った。何も言われんかった」
いま、村瀬の机の引き出しには、あのときのノートが入っている。
六つの質問が書いてある。三つには答えが書き込んであって、残りの三つは空欄のままだ。
空欄のままでも、決めることはできた。
分からないことがあるまま決めるのと、分からないことに気づかないまま決めるのは、別のことだった。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。