Story
飲食店の店長が、週に30分だけ数字を見た話
閉店後、レジ袋に領収書を放り込んで、その日は終わりだった。
袋は事務所の棚に置いてある。月末に税理士へ渡すまで、中身を見ることはない。
矢代は三十八歳。八席のカウンターと、四人がけの席が二つ。夜だけの店を六年やっている。
売上は、悪くなかった。
週末はほぼ埋まる。常連もついている。忙しい日は一人で回しきれず、閉店が一時を過ぎることもある。
それなのに、通帳の残高が増えなかった。
矢代はその理由を、なんとなく「そういうものだ」で処理していた。飲食は原価がかかる。仕入れが上がっている。ニュースでもそう言っている。
数字を見れば分かることだった。ただ、見なかった。
見なかった理由は、忙しいからではなかった。
それは矢代も分かっていた。仕込みの合間に三十分空く日はある。その三十分で、スマホを見ていた。
帳簿を開くと、うまくいっていないことが確定する。開かなければ、まだ分からない。
忙しかったのは本当だ。見たくなかったのも本当だった。
十一月、税理士との面談で、はっきり言われた。
五十代の、淡々とした人だった。
「矢代さん、去年より売上は八パーセント上がってます。利益は下がってます」
矢代は、どこが、と聞いた。
「それは僕には分かりません。僕が見てるのは合計なので。メニューごとの数字は、店の人しか分からない」
数字を預けていれば誰かが見てくれると、どこかで思っていた。渡していたのは領収書の束で、それは合計にしかならなかった。
矢代は、週に三十分だけ数字を見ることにした。
全部は無理だと最初から思った。だから三つだけ決めた。
その週いちばん出たメニューは何か。そのメニューの原価はいくらか。仕入れで、先月より上がったものは何か。
それだけ。電卓と、レジの記録と、納品書。
最初の週は五十分かかった。二週目は三十分で終わった。
三週目に、一つ見つかった。
いちばん出ているのは、常連がほぼ全員頼む名物の煮込みだった。それは知っていた。
知らなかったのは、原価率だった。
肉の値段が二年で上がっていて、価格を据え置いたまま、量も減らしていなかった。計算すると、出れば出るほど利益が薄くなる構造になっていた。
矢代は電卓を置いて、しばらく天井を見ていた。
売上が八パーセント上がって利益が下がった理由が、これで半分は説明できた。忙しくなればなるほど、薄いものが出ていた。
値上げは、しなかった。
常連の顔が浮かんで、できなかった。
代わりに、器を変えた。深さのある小ぶりの器にして、盛り方を変えた。量は二割ほど減ったが、見た目の印象は変わらないようにした。付け合わせを一つ足して、原価の安いものにした。
誰も何も言わなかった。一人だけ、「なんか器変えた?」と聞かれた。矢代は「そう、こっちのほうが冷めにくいねん」と答えた。それも本当だった。
崩れたのは、十二月だった。
忘年会が入って、三週続けて数字を見なかった。
一月に戻ろうとしたが、三週分がたまっていて、開く気になれなかった。二月も飛ばした。
矢代は、忙しい週に三十分を作ろうとしていたのが間違いだと気づいた。忙しい週には、絶対に作れない。
定休日の朝にした。火曜の十時。開店の準備もない時間で、誰も来ない。
コーヒーを淹れてから始める、というところまで決めた。
一年たって、店が儲かるようになったわけではない。
利益率は少し戻った。数字にすると二パーセントほどで、劇的ではない。
変わったのは、値段を決めるときに手が止まらなくなったことだった。新しいメニューを出すとき、原価を先に出す。出してから価格を決める。以前は逆で、周りの店を見て決めていた。
怖いのは、数字そのものではなかった。分からないまま続けることのほうが怖い、と思えるようになるまでに、一年かかった。
火曜の十時。矢代はコーヒーを淹れて、カウンターに座った。
納品書の束を広げて、先週いちばん出たものから見ていく。
三十分で終わる。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。