Story

生産管理が、いちばん遅い工程を探した話

製造・中堅 生産管理7年目・30代後半 時間

納期遅延の一覧を印刷すると、A4で三枚になった。

三枚目の下のほうに、先月から繰り越している案件が並んでいる。片瀬は蛍光ペンでそこに線を引きかけて、やめた。引いたところで、色が増えるだけだった。

従業員百四十人の自動車部品メーカーで、生産管理を七年やっている。


片瀬がやったことは、間違っていなかったはずだった。

納期が遅れているなら、各工程を速くすればいい。四月から順番に回って、頭を下げて、協力してもらった。

切削は段取り替えを見直して、一日あたり二十分縮めた。プレスは金型の交換手順を変えて、十五分。組立は治具の置き場所を直して、動線を短くした。

どの工程も、確かに速くなった。数字で出ている。

七月の納期遵守率は、四月とほとんど同じだった。


それどころか、工場のなかは前より混んでいた。

通路の脇に、仕掛品のパレットが増えている。切削を終えた部品が、行き場を待って積まれている。フォークリフトが通るたびに、誰かがパレットをずらす。

片瀬は、自分が何かを増やしたのだと分かっていた。ただ、それが何なのかが分からなかった。

速くしたのに、詰まっている。


八月の頭、片瀬は塗装場の前で、古株の宮原に呼び止められた。

六十を過ぎて、再雇用でまだ現場にいる人だった。

「片瀬さん、うちの前、いつも溜まっとるやろ」

片瀬は、はい、と答えた。

「あんた、切削も組立も速うしたやろ。でもな、うちは変わっとらんのよ。炉の温度が上がるまでの時間、あれは短うできんから」

宮原は、通路のパレットを顎で示した。

「前が速うなった分だけ、うちの前に積まれるだけや」

片瀬はその場で、少し呆然としていた。当たり前のことを言われていた。当たり前すぎて、七年間、一度も数えていなかった。


その夜、片瀬は事務所に残って、各工程の一日あたりの処理数を並べてみた。

切削、二百四十。プレス、二百二十。塗装、百六十。組立、二百十。検査、二百三十。

塗装だけが、明らかに低い。

そして工場全体の出荷数は、月を通してならすと、一日あたり百六十前後だった。

塗装の数と、ほぼ同じだった。

片瀬は電卓を置いて、しばらく画面を見ていた。

自分が四月からやってきたのは、二百四十を二百六十にする作業だった。塗装が百六十のままなら、工場は百六十しか出せない。二百六十にした分は、塗装の前に積まれるだけだった。

速くした工程が作っていたのは、製品ではなく在庫だった。


九月から、片瀬は塗装だけを見ることにした。

やったことは地味だった。塗装の担当者が昼休みに炉を止めていたのを、交代で回して止めないようにした。塗装の前に置く部品を、前日のうちに並べておくようにした。段取り待ちで手が空く時間を、なくした。

それだけで、塗装の処理数が百六十から百八十になった。

工場の出荷数も、百八十近くまで上がった。


崩れかけたのは、三週目だった。

切削の稼働率が落ちた。当然だった。塗装が百八十しか受けられないなら、切削が二百六十作っても意味がない。片瀬は切削に、無理に流さなくていいと伝えていた。

月次の会議で、工場長が資料を見て言った。

「切削、遊んどるやないか。稼働率下がっとるぞ」

片瀬は説明しようとした。全体の出荷は増えている、と。

ただ、資料に並んでいたのは工程別の稼働率で、出荷数は別のページの隅にあった。会議の空気は、稼働率のほうを見ていた。

その週、片瀬は切削にまた回して、稼働率を戻した。パレットがまた増えた。


十月、片瀬は資料を変えた。

工程別の稼働率を、後ろのページに移した。一枚目に、出荷できた数と、納期を守れた件数だけを大きく載せた。

そして塗装場の壁に、模造紙を貼った。その日に塗装を通った数を、担当者が手書きで書く。それだけ。

数字が見えるところにあると、聞かれる回数が変わった。宮原が「今日は百九十いったで」と言いに来る日があった。

工場長が資料の一枚目を見て、切削の話をしなくなるまでに、二か月かかった。


納期遵守率は、七十二パーセントから八十四パーセントになった。

百パーセントにはならない。塗装を百八十から二百にするには設備を替えるしかなく、その予算はない。

それでも、片瀬は前より落ち着いている。どこを見ればいいかが分かっているからだった。

速くする場所は、いつも一か所しかない。そこが変われば、次に遅い場所が現れる。そうしたら、また探せばいい。


納期遅延の一覧は、いまも印刷している。

A4で一枚半になった。片瀬は蛍光ペンを持って、塗装待ちの行だけに線を引いた。

それ以外には、引かなかった。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。