Story
物流センターの係長が、1on1で「やめてもいいこと」を聞いた話
会議室Bは、フォークリフトの音が壁越しに聞こえる。
石原は、ノートを開いて、椅子に座った。十五時の1on1。相手は、入社二年目の田村だ。
「どう、最近」
「順調です」
「そうか。出荷の遅れは」
「先週の火曜に一件だけでした。もう対応済みです」
「分かった」
三分で、話が終わった。残りの二十七分が、机の上に置かれたままになった。
この三か月、1on1はいつもこうだった。
石原は、毎回ノートを持って入る。聞くことは用意してある。出荷、検品、人員配置。数字は頭に入っている。田村の答えも、いつも同じだった。順調です、問題ありません。
問題がない、はずがない。倉庫は、毎日何かが起きる。
石原は、本部から配られた「1on1の進め方」の資料を、もう一度開いた。「傾聴」「承認」「目標の確認」。読んでも、何を聞けばいいのかは書いていなかった。
話さないのは田村だと思っていた。性格なのだろう、と。
変わったきっかけは、帰りの駅だった。
ホームで、田村と同期だった早川と、たまたま一緒になった。石原の部署ではなく、別のラインの担当だ。
早川は、缶コーヒーを飲みながら、何でもない口調で言った。
「田村、あの人、毎回何を聞かれるか分かってるから、準備してるらしいですよ」
「準備」
「出荷の数字と、遅れの件数。それだけ持っていけば終わるって」
石原は、返事ができなかった。
田村が話さなかったのではない。石原が、話せる質問を、一度も出していなかった。
次の1on1の前に、石原はノートの一ページを破った。
出荷、検品、人員配置の三行を消して、一行だけ書いた。
「やめてもいいと思うこと」。
会議室Bで、石原は、いつもの「どう、最近」を飲み込んだ。
「田村。いまの仕事で、やめてもいいと思ってることって、何かある」
田村は、少し驚いた顔をした。それから、時間をかけて、天井を見た。
石原は、五秒待った。十秒、待った。
「……ピッキングリストの、二重チェックです」
「二重チェック」
「同じ項目を、紙と端末で両方確認していて。端末が通れば、紙は要らない気がして。でも、やめていいのか分からなくて」
石原は、メモを取った。メモを取っていることを、田村に見せた。
その日の1on1は、四十分かかった。時間を予定の三十分より、十分超えた。
三回目で、石原は同じ質問を繰り返した。
田村は、二回目に話したことの続きから話した。二重チェックについて、石原は確認を取った。紙は、監査対応のために残す必要があった。ただし、記入は週に一回で足りた。
田村の仕事が、一日十分だけ短くなった。
それだけのことだった。けれど、1on1の場は、確かに変わった。
四回目、石原は、気が緩んだ。
田村が話している途中で、解決策を口にしてしまった。「それは、こうすればいいんじゃないか」。
田村は、「はい」と言って、黙った。
石原は、その沈黙で、自分がやったことに気づいた。聞いて、答えを出さない。それを、忘れていた。
石原は、ノートの表紙に、鉛筆で書いた。
「答えを出さない。五秒待つ。」
この二行を、1on1の前に必ず目にする。それ以外のことは、何も増やさなかった。
二か月ほどして、田村が、会議室に入る前に、メモを持ってきた。
石原は、気づかなかったふりをした。メモには、三行書いてあった。困っていること、確認したいこと、この二週間でやったこと。
石原のノートは、最初のページが、白いままだった。
「今日は、どれから話す」
田村は、少し考えてから、真ん中を指した。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。