Story

不動産管理会社の主任が、断るときに気持ちから話して、うまくいかなかった話

不動産管理 主任・30代前半 人間関係

「清水さん、この修繕の見積もり、今週中にお願いできる?」

先輩の声は、軽かった。清水は、すでに、今週の予定が埋まっていた。それでも、口から出たのは、いつもの言葉だった。

「……わかりました」

席に戻ってから、清水は、手帳を開いた。金曜の午後まで、空きはなかった。


その夜、清水は、断るための型を、調べた。事実を言う。気持ちを言う。提案をする。

翌週、同じような依頼が来た。

「この件、急ぎでお願いできる?」

清水は、息を吸った。

「正直、困っています」

先輩は、眉を上げた。

「困ってる、って。急ぎなんだけど」

「いえ、あの……今週は、予定が」

「予定が、何」

清水は、言葉に詰まった。気持ちを、最初に言ってしまった。相手に、「何が困るのか」を、説明する宿題を渡しただけだった。

結局、その仕事も、引き受けた。


清水は、紙に、順番を書き直した。

気持ちは、事実のあとだ。まず、事実を、数字で言う。

三回目の依頼は、翌月に来た。

「この調査、今週中に頼める?」

「今週は、更新契約の書類が十二件、金曜までにあります」

先輩は、少し黙った。

「十二件か。多いな」

「はい。なので、この調査は、来週の火曜でしたら、お受けできます」

気持ちは、最後に、一言だけ添えた。

「他の案件を、雑にしたくないので」

「困っています」とは、言わなかった。事実と提案が先にあると、気持ちは、短くて足りた。


「じゃあ、火曜でいい」

先輩は、そう言って、席に戻った。

清水は、手帳の火曜の欄に、小さく書き込んだ。

断れたのかどうかは、はっきりしなかった。ただ、「今週は無理で、火曜ならできる」ということは、伝わった。

気持ちを先に言わなかっただけで、会話は、前に進んだ。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。