Story
旅行代理店の課長補佐が、説明の前に3つ決めたら、決まらなかった打ち合わせが決まった話
法人営業の打ち合わせから戻ると、課長が、静かに言った。
「結局、先方は、何を決めたんだ」
森下は、答えに詰まった。説明は、四十分した。先方の総務の担当者は、何度も頷いていた。それなのに、決まったことが、何もなかった。
「説明が、わかりにくいって言われたことがあるだろう」
課長は、責める口調ではなかった。それが、かえってこたえた。
その夜、森下は、話す前に決める三つのことを、メモ用紙に書いた。
誰に向けて話すのか。何を決めてほしいのか。いつまでに、決めてほしいのか。
次の打ち合わせは、社員旅行の見積もりの説明だった。
森下は、一つ目と二つ目を、書いた。「総務の担当者に」「三案のうち、一つを選んでほしい」
三つ目は、書かなかった。聞くのが、図々しい気がした。
打ち合わせは、前回より短く終わった。三案の違いを、一枚にまとめて、説明した。担当者は、「なるほど」と言った。
「では、社内で検討します」
「お願いします」
それで、終わった。
帰りの電車で、森下は、気づいた。期限を、決めていなかった。「検討します」の「いつまで」を、聞かなかった。
二週間、連絡は来なかった。
森下は、メモ用紙の三つ目を、もう一度、見た。
「いつまでに、決めてほしいのか」
その空欄が、前回の自分だった。
次の打ち合わせの冒頭で、森下は、先に言った。
「今日は、三案のうち、一つをお選びいただくためのお時間です。来週の水曜までに決まると、日程が押さえられます」
担当者は、少し驚いた顔をして、手帳を開いた。
「水曜までなら、役員に、確認できます」
その場で、決まったわけではなかった。ただ、「来週の水曜に、返事をもらう」ことは、決まった。
森下は、説明が上手になったとは、思わなかった。説明の前に、何を決めてほしいのかを、自分が決めただけだった。
それでも、水曜に、返事が来た。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。