Story
住宅設備メーカーの営業が、要望の手前にある困りごとを、聞くようになった話
工務店の担当者から、電話が入った。
「浴室ユニットの見積もりを、五件分お願いします」
営業の吉村は、すぐに応えた。メモを取り、型番を確認し、翌日までに、見積もりを送った。
担当者からは、「ありがとうございます」と返ってきた。
結果は、他社の見積もりと比べられて、価格で負けた。
三回、同じことが続いた。
吉村は、自分の仕事を、考え直した。要望に、早く答えることは、できていた。ただ、それだけだと、価格の勝負になる。
先輩が、言った。
「お客さんが言う、欲しいものは、答えの一番上だ。その手前に、何か困りごとがあるはずだ」
次の依頼で、吉村は、見積もりを出す前に、聞いた。
「いまの、浴室の施工で、いちばん手間がかかっているのは、どこですか」
担当者は、少し驚いた様子で、答えた。
「搬入ですね。現場が狭くて、ユニットを、分割して運ぶことが多いんです」
「そのせいで、何が起きていますか」
「工期が、二日、延びます。大工さんの手配も、ずれる」
吉村は、メモを取った。見積もりに、その言葉を使った。
「搬入しやすい分割型を、ご提案します」
その案件は、価格では、他社より少し高かった。
担当者は、電話で言った。
「搬入の件で、考えてくれた会社は、初めてです」
契約は、取れた。次の依頼も、同じ担当者から来た。
吉村は、全部の案件で、うまくいったわけではなかった。聞いても、困りごとが出てこない相手もいた。
ただ、聞かずに、見積もりを出す前の自分には、もう戻らなかった。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。