Story

住宅設備メーカーの営業が、要望の手前にある困りごとを、聞くようになった話

住宅設備メーカー 営業・30代後半 キャリア

工務店の担当者から、電話が入った。

「浴室ユニットの見積もりを、五件分お願いします」

営業の吉村は、すぐに応えた。メモを取り、型番を確認し、翌日までに、見積もりを送った。

担当者からは、「ありがとうございます」と返ってきた。

結果は、他社の見積もりと比べられて、価格で負けた。


三回、同じことが続いた。

吉村は、自分の仕事を、考え直した。要望に、早く答えることは、できていた。ただ、それだけだと、価格の勝負になる。

先輩が、言った。

「お客さんが言う、欲しいものは、答えの一番上だ。その手前に、何か困りごとがあるはずだ」


次の依頼で、吉村は、見積もりを出す前に、聞いた。

「いまの、浴室の施工で、いちばん手間がかかっているのは、どこですか」

担当者は、少し驚いた様子で、答えた。

「搬入ですね。現場が狭くて、ユニットを、分割して運ぶことが多いんです」

「そのせいで、何が起きていますか」

「工期が、二日、延びます。大工さんの手配も、ずれる」

吉村は、メモを取った。見積もりに、その言葉を使った。

「搬入しやすい分割型を、ご提案します」


その案件は、価格では、他社より少し高かった。

担当者は、電話で言った。

「搬入の件で、考えてくれた会社は、初めてです」

契約は、取れた。次の依頼も、同じ担当者から来た。

吉村は、全部の案件で、うまくいったわけではなかった。聞いても、困りごとが出てこない相手もいた。

ただ、聞かずに、見積もりを出す前の自分には、もう戻らなかった。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。