Story
製薬会社の営業企画が、報告の一行目に結論を置いた話
部長が、資料から顔を上げた。
「で、結局、何をしてほしいの」
平野は、手元の三ページを見た。月次の営業状況の報告。地域別の訪問件数、医療機関ごとの動き、担当者のコメント。夜遅くまでかけてまとめた。
「あの……ですから、こういう状況でして」
「それは、読んだよ」
部長の声は、怒ってはいなかった。ただ、少し疲れていた。
「状況は、分かった。だから、私に、何をしてほしいの」
平野は、答えられなかった。
席に戻って、資料を見返した。
どこにも、書いていなかった。状況は、丁寧に書いてあった。理由も、数字も、そろっていた。ただ、どこにも「だから、こうしたい」がなかった。
隣の席の先輩が、コピー用紙を取りに来た。平野は、思わず聞いた。
「報告って、どこに、結論を書いてますか」
先輩は、少し考えた。
「一行目。どうしてほしいか、が先。それから、理由」
「でも、それが決まってなくて」
「そういうときは、決まってないって、先に書けばいいよ」
簡単なことのように、言った。平野は、簡単ではないと思った。
次の月、平野は、資料を作る前に、紙に一行書いた。
「来月の訪問計画を、地域別から、医療機関別に変えたい」
書くのに、二時間かかった。地域別に集計するのが、いつもの流れだった。その流れを、一度、止めないと書けなかった。
次に、理由を一つ。
「地域別だと、重点の医療機関が、他の訪問に埋もれるため」
具体例を、一つ。
「先月は、上位五施設への訪問が、全体の一割しかなかった」
最後に、もう一度、結論を書いた。
三ページの資料は、一枚になった。
報告の日、平野は、一行目から読んだ。
「来月の訪問計画を、地域別から、医療機関別に変えたいと考えています」
部長が、資料を見たまま、頷いた。
「理由は」
平野は、二行目を読んだ。具体例を、一つ足した。
「分かった。やろう。必要な人員は」
「今の人数で、できます」
「じゃあ、それで」
三分で、終わった。
平野は、席に戻って、しばらく、何もできずに座っていた。三ページを書いていた夜が、嘘のようだった。
結論が決まっていない月も、ある。
そういう月、平野は、一行目に、こう書く。
「まだ結論は出ていませんが、状況を三点、報告します」
部長は、「うん」と言って、資料を手に取る。結論を待たずに、聞く構えになる。
それだけのことが、半年前の平野には、思いつけなかった。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。