Story
ホームセンターの売場主任が、不満をA4一枚の提案に変えた話
休憩室の電気ポットが、カチッと鳴った。
「また、台車が通路を塞いでたんですよ」
村井は、カップ麺の蓋を押さえながら、言った。向かいの席の、パートの小林さんが、頷いた。
「ほんとに。今日も、開店前の品出し、間に合いませんでしたよね」
「間に合うわけないんだよ。搬入の時間も、決まってないのに」
この話を、村井は、この二か月、毎日している。
火曜と木曜の朝は、特にひどい。トラックが三台、同じ時間に来る。台車が通路に並ぶ。園芸売場の鉢が、動かせない。
店長にも、一度、言った。
「そうだね。大変だね」
それで、終わった。
別の店の主任と、本部の会議の帰りに、同じ電車に乗った。
村井は、いつもの話を、した。搬入のこと、台車のこと、店長が動かないこと。
相手は、聞いたあとで、軽く言った。
「それ、書いて出したら」
「書いて」
「うちの店長、愚痴は流すけど、紙は読むんだよね。A4一枚で」
村井は、窓の外を見た。夕方の住宅街が流れていく。
愚痴は、言い慣れている。紙に書くのは、した覚えがなかった。
その夜、村井は、A4の紙に、三つの見出しを書いた。
「事実」。
火曜と木曜の十時台に、搬入が重なる。通路に台車が三台、並ぶ。
「影響」。
開店前の品出しが、三十分ずれる。園芸売場の準備が、開店に間に合わない日がある。
「提案」。
二週間だけ、搬入の時間帯を、九時に前倒しできないか。
書いているうちに、村井は、気づいた。不満を口にしていたときは、「全部おかしい」と思っていた。紙に書くと、直したいのは、一点だった。
最後に、一行足した。
「店としては、開店前の売場が整うので、お客様の動線も、確保できます」
店長にとっての利点を、書いておいた。
店長は、紙を受け取って、読んだ。
「ふーん」
一分ほど、黙っていた。
「九時だと、物流の人が、きついかもしれないな」
村井は、否定されたような気がして、少しひるんだ。けれど、すぐに思い直した。
「では、火曜日だけ、試せませんか。二週間」
店長は、紙の端に、鉛筆で何か書いた。
「それなら、物流に、聞いてみる」
通ったのは、全体の半分だけだった。木曜は、そのままだった。
それでも、紙は、店長のデスクの上に、二週間、置かれていた。
二週間後、火曜日の朝、売場の通路は、空いていた。
村井は、台車を使わずに、鉢を一つ、園芸売場へ運んだ。
休憩室で、小林さんが言った。
「火曜だけ、楽ですね」
「木曜は、まだです」
「木曜は、また書くんですか」
村井は、カップ麺の蓋を開けた。
「書く。ただ、言うのは、小林さんだけにしとく」
小林さんが、声を出して笑った。電気ポットが、また、カチッと鳴った。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。