Story
通信会社の主査が、年下の課長の指示に、一拍おいて質問を返した話
異動の辞令が出て、新しい課長は、十二歳年下だった。
主査の大西は、驚かなかった。そういう時代だと、頭では分かっていた。
初日に、課長が言った。
「大西さん、この資料、今日中に、この形式に直してもらえますか」
大西は、返事をしようとして、口を閉じた。胸のあたりが、少し熱かった。
指示の内容は、間違っていなかった。形式も、理にかなっていた。
それでも、むっとした。
大西は、自分でも、理由が分かった。内容ではなく、言い方でもなかった。年下に、頼まれる形で言われたことに、引っかかったのだった。
その日は、黙って直した。
次の日も、同じことが起きた。
「この数字、明日の朝までに、確認をお願いします」
大西は、言い返した。
「前にも、同じ確認をしましたが」
課長は、一瞬、固まった。
「すみません。では、いいです。私がやります」
その日の午後、課の空気が、少し重かった。
家に帰って、大西は、考えた。
自分は、何に、むっとしているのか。内容か。言い方か。立場か。
三つに分けると、答えは、はっきりしていた。三つ目だった。
それは、課長の問題ではなかった。
翌週、同じような指示が来た。
「大西さん、この件、今週中にお願いできますか」
大西は、言った。
「承知しました。少し、確認させてください。目的は、来週の会議の資料、でよろしいですか」
課長は、少し驚いた顔をして、頷いた。
「そうです。実は、役員への説明で使うので、数字の根拠を、一枚にまとめたいんです」
「それなら、前回の確認の結果を、使えます。二時間で出せます」
課長の表情が、少し緩んだ。
「助かります」
その夜、大西は、手帳に書いた。
むっとしたときは、返事を一拍おく。確認の質問に変える。
それだけで、課長の答えが、変わった。指示の目的が、見えた。
年下の課長は、最初から、頼み方を知らなかっただけかもしれない。大西は、そう思うことにした。
翌朝、課長が、席に来て言った。
「大西さん、今週の確認、先にお伝えしておきます」
大西は、小さく頷いた。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。