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Story

調剤薬局の薬局長が、新人への質問をひとつ減らした話

調剤薬局 薬局長・40代前半 人間関係

午後の薬局は、静かになる。

待合室の患者が三人。調剤室では、棚のラベルの白さが、蛍光灯に浮いていた。

藤本は、新人薬剤師の吉岡を、レジの奥に呼んだ。

「さっきの疑義照会の件だけど」

「はい」

「どうして、先に処方元に電話しなかったの」

「……お薬手帳を、先に見て、と思って」

「それで、何が分かった」

「重複している薬が、あって」

「じゃあ、どうして、そのまま電話しなかったの」

吉岡は、少し下を向いた。藤本は、次の質問を、もう用意していた。

「次は、どうするの」

「……確認してから、電話します」

「確認って、何を」

吉岡の声が、だんだん小さくなっていく。藤本は、それに気づかなかった。


事務の山口が、帰り際に、レジの前で言った。

冗談の調子だった。

「薬局長、さっきの、取り調べみたいでしたよ」

「取り調べ」

「いえ、悪い意味じゃないんですけど。吉岡さん、あとで、ずっと調剤室の棚の前に立ってました」

藤本は、笑おうとして、うまく笑えなかった。

コーチングの研修は、去年、受けた。「答えは本人の中にある」。講師は、そう言っていた。だから、質問をした。答えを教えずに、引き出そうとした。

引き出しているつもりだった。


その夜、藤本は、家で、研修のテキストを開いた。

質問の技法の一覧が、並んでいた。「なぜ」で始めるな、とは、どこにも書いていなかった。けれど、質問が重なると、聞かれている側は、どう感じるか。そこも、書いていなかった。

藤本は、紙に二つだけ書いた。

「ひとつ聞いたら、ひとつ受け取る」。

「なぜ、は、何が、に変える」。


一週間後。吉岡が、処方箋の記載に迷って、藤本のところに来た。

「あの、これ、用量が」

藤本は、息を吸った。「なぜ、気になったの」と、言いかけた口を、閉じた。

「何が、気になった」

「普段の用量より、多い気がして」

「そうか。多い気がした」

藤本は、それだけ言って、待った。

吉岡は、少し驚いたように、顔を上げた。

「……それで、お薬手帳を見て、前回も同じでした。ただ、今回は、体重の記載が、違っていて」

「前回と、体重が違うんだね」

「はい。だから、確認の電話を、してもいいですか」

藤本は、その場で、質問を、もう一つも足さなかった。

「お願い」

吉岡は、受話器を取った。声は、普通の大きさだった。


それから、藤本は、質問の数を数えるようになった。

一回の会話で、三つまで。四つ目を口にしそうになったら、飲み込んで、「ありがとう」と言う。

吉岡が、一度、自分から言った。

「疑義照会の電話の、言い方が、いつも分からなくて」

それは、藤本が、三か月前に聞きたかったことだった。聞いても、出てこなかったことだった。

「どこが、分からない」

「最初の、一言です」

藤本は、答えを言わずに、少しだけ、待った。待合室の時計が、午後三時を打った。

この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。

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