Story
建設会社の課長が、板挟みの期限を「半分」にして返した話
部長が、課長席の前に立った。
「年度末までに、全現場の安全点検を、新しい様式に切り替えてほしい」
課長の古川は、頷いた。反射だった。
席に戻って、現場の主任たちを見渡した。十二の現場。人手は、足りない。決算期と重なる。
その週の主任会議で、古川は、部長の言葉をそのまま伝えた。
「年度末までに、全現場で、新しい様式に切り替える」
主任の一人が、小さく息をついた。
「全部、ですか。今月は、二現場、欠員が出ています」
古川は、言葉に詰まった。部長にも、主任にも、反論できなかった。どちらも、正しかった。
会議は、何も決まらずに終わった。
その夜、古川は、紙に三行を書いた。
上の言い分。年度の計画に入っていて、監査の前に揃えたい。下の言い分。欠員が出ていて、決算の対応と重なる。自分の判断。
三行目が、空欄だった。
古川は、しばらく考えて、書いた。
欠員のない六現場なら、年度末までに、できる。
翌日、古川は、部長のところへ行った。
「できます。ただ、条件があります」
部長は、眉を上げた。
「全部は難しいので、欠員のない六現場を、年度末までに切り替えます。残りの六現場は、来年度の第一四半期でお願いできませんか」
「全部ではないのか」
「監査で見られるのは、先に六現場です。そこは、確実に揃えます」
部長は、少し黙って、手帳をめくった。
「監査の対象は、六現場だったな。それなら、いい」
主任会議で、古川は、決まったことを伝えた。
「上は、年度末までに、と言っている。範囲は、半分に絞った。欠員のない六現場を先にお願いしたい。残りは、来年度の最初だ」
主任の一人が、言った。
「それなら、できます」
古川は、返事を聞いてから、気づいた。断ったわけではなかった。ただ、できる範囲を、先に言っただけだった。
それでも、二人とも、怒らなかった。
古川は、手帳に、小さく書いた。「条件は、先に、一つだけ」
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。