Story
リース会社の営業課長が、「持ち帰ります」と言えるようになった話
「内田課長、今期の新規リース、あと二割、積めないかな」
部長は、立ったまま言った。机の上の書類を、片手で揃えながら。
「二割、ですか」
「上から、そう言われてるんだよ。頼むよ」
内田は、一拍、置いた。
「分かりました。考えます」
「助かる」
部長は、もう、次の席へ向かっていた。
課に戻ると、部下の須藤が、書類を抱えて待っていた。
「課長、今月、もう手一杯なんです。更新の対応だけで、毎日、二十時を過ぎてて」
「そうか」
「このうえ、新規の積み増しとか、無理です」
内田は、須藤の顔を見た。疲れていた。目の下に、薄い影があった。
「分かった。何とかする」
「何とか、って」
「俺が、やる」
須藤は、何か言いかけて、口を閉じた。
その週、内田は、夜中の一時まで残った。
二割の積み増し分の、営業先リストを作った。部長に出す資料を作った。須藤の更新案件の一部を、自分の机に引き取った。
三日目の朝、ビルの廊下で、別の課の課長に声をかけられた。
「内田さん、大丈夫? 顔色」
「ああ、少し」
「全部、自分で持ってない?」
冗談の調子だった。内田は、笑って、その場をやり過ごした。
エレベーターの中で、思った。全部、持っている。上のものも、下のものも。
どちらも、断れなかった。断る、と思ったことも、なかった。
週末、内田は、手帳に、三つの言葉を書いた。
「伝える」「持ち帰る」「引き受ける」。
部長の二割は、どれだろう。
理由は、説明できる。上から降りてきた数字だ。けれど、量と期限は、今の人数では、守れない。
「持ち帰る」だった。
須藤の手一杯は、どれだろう。更新の対応は、内田の判断で、一部を後ろへずらせる。これは、「引き受ける」。ただし、自分が、夜中に抱えるのではなく、期限を動かす形で。
内田は、手帳の隅に、部長へ言う言葉を、書いた。
「できます。ただ、人手か、期限か、どちらかを、調整させてください」
月曜の朝、部長の席の前で、内田は、それを言った。
部長は、書類から顔を上げた。
「人手は、出せないよ」
「では、期限を。第三四半期の末ではなく、翌月の中旬までに」
「それは、上に確認しないと」
「もう一つ。積み増しの二割に着手するなら、既存先の更新営業を、一部、後ろにずらす必要があります。どちらを後ろにするか、部長に選んでいただけますか」
部長は、少し黙った。そして、紙に鉛筆で、二本の線を引いた。
「……確認する。今週中に返事する」
内田は、頭を下げて、席に戻った。
断ったわけでは、なかった。引き受けたわけでも、なかった。
三日後、部長から返事が来た。期限は、翌月の中旬。更新営業は、重要先だけに絞る。
内田は、須藤を呼んだ。
「更新の対応、一部、来月に回す。理由は、これだ」
須藤は、資料を見て、少し目を丸くした。
「部長に、言ってくれたんですか」
「言った」
「……課長、夜、寝てください」
内田は、笑った。
その夜は、二十時に、席を立った。エレベーターの鏡に、自分の顔が映った。久しぶりに、自分の顔に見えた。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。