リフォーム会社の営業が、見積もりの残りをスタンプカードにした話
二十件、と思うと、最初の一件で手が止まる。
読むStory
「もう少し、当事者意識を、持ってほしいんだよな」
支配人の村田は、帳場の隅で、女将に、こぼした。
「誰のことですか」
「全員」
女将は、湯のみを、置いた。
「村田さん。当事者意識を持てと言われて、持てる人は、いませんよ」
村田は、黙った。
その旅館の朝は、いつも、支配人の話で、始まった。
今日の予約。団体の到着時間。設備の点検。村田が、全部、話す。
従業員は、頷く。それだけだった。
女将が、言った。
「一度、朝のミーティングを、誰かに、渡してみたらどうですか」
村田は、迷った。
「任せて、大丈夫かな」
「大丈夫かどうかは、やってみないと」
翌週、村田は、入社三年目の、仲居の佐野に、言った。
「明日から、朝のミーティングの進行を、頼む。内容は、自分で、決めていい」
佐野は、目を、丸くした。
「私で、いいんですか」
「うん。五分でいい」
初日、佐野は、予約表を、読み上げた。声が、震えていた。
村田は、口を、挟まなかった。
三日目、佐野は、一つ、足した。
「昨日、ご夫婦のお客様から、お料理が、おいしかったと、言われました。板場に、伝えます」
調理場の若手が、顔を、上げた。
二週間後、村田は、佐野に、聞いた。
「どうだ」
「楽しいです。それに、予約表を、前の日から、見るようになりました」
「見る?」
「はい。団体が来る日は、何が、必要かを、先に、考えておきたくて」
村田は、頷いた。
一か月後、朝のミーティングの進行は、持ち回りになった。
調理場の若手が、進行の日に、言った。
「今日の夕食は、お客様の、アレルギー対応が、二件あります。確認を、お願いします」
村田は、いつもの席で、聞いていた。
自分は、何も、言っていない。
女将が、隣で、小さく、言った。
「当事者意識は、持てと言われて、持つものじゃないんですね」
「そうだな」
「持つ場面が、あるかどうかなんですね」
村田は、帳場の机に、手帳を、開いた。
渡す。口を、出さない。結果を、見せる。
三つ、書いて、ペンを、置いた。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。
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