地方新聞社のデスクが、職務経歴書を一晩で書いてみた話
辞めるつもりはなかった。書けるかどうかを、知りたかっただけだった。
読むStory
測量会社の課長、前田は、日曜の夜に、ため息を、ついた。
会社は、公共事業の、減少が、見えていた。
子どもは、来年、高校受験。住宅ローンは、あと、十二年。
親の、介護の話も、出始めていた。
何から、考えれば、いいのか、分からなかった。
翌日、前田は、A4の紙を、一枚、出した。
横に、五年分の、枠を、引いた。
今年、来年、三年後、四年後、五年後。
まず、決まっていることを、書いた。
子どもの受験。来年の春。大学は、その、三年後。
住宅ローンの、終わり。十二年後。
自分の年齢。五十歳、五十一歳、五十二歳。
書いていくと、意外に、決まっていることが、多かった。
次に、別の色で、決まっていないことを、書いた。
会社の事業の、方向。自分の役割。親の、介護の可能性。
こちらは、少なかったが、重かった。
前田は、しばらく、紙を、眺めた。
決まっていることは、書ける。決まっていないことは、今、考えても、決まらない。
そう、分かった。
不安の、半分は、決まっていないことを、考え続けていたからだった。
三つ目に、今年やることを、三つ、書いた。
一つ。家計の見通しを、作る。
二つ。社外の人に、月に一人、会う。
三つ。親の介護について、兄弟と、一度、話す。
どれも、今年、できることだった。
その夜、前田は、妻に、紙を、見せた。
「五年分の、年表だ」
妻は、紙を、受け取った。
「受験の年と、教育費が、重なるのね」
「そう。その年だけ、大きい」
「そこは、先に、貯めておこうか」
「だな」
夫婦で、二時間、話した。
結論は、まだ、出なかった。だが、確認が、できた。
半年後、前田は、年表を、見直した。
親の介護の項目に、線が、引かれていた。兄弟との話で、役割分担が、決まった。
その線が、前田には、何より、嬉しかった。
会社の、先は、まだ、見えない。
それでも、前田の頭の中には、場所が、できていた。
決まらないことは、紙の上に、置いておく。
手帳の端に、前田は、書いた。
年に一度、誕生月に、見直す。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。
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