印刷会社の部長が、三年かけた基幹システムを、止めた話
三年の努力は、惜しい。だが、惜しさは、これからの、判断の、材料に、ならなかった。
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機械加工メーカーの、部長、松井は、五年前に、始めた、新規事業を、持っていた。
医療向けの、小さな、部品。
毎年、赤字だった。
役員会で、必ず、聞かれた。
「いつ、黒字になる」
松井は、毎回、答えた。
「来期には、必ず」
ある夜、松井は、後輩の、課長から、本を、借りた。
ダニエル・カーネマンの、『ファスト&スロー』。
プロスペクト理論の、ところで、手が、止まった。
人は、得をする喜びより、損をする痛みを、大きく、感じる。
損を、取り戻せるなら、賭けに、出てしまう。
松井は、胸が、ざわついた。
自分の、ことだ。
翌朝、松井は、紙に、書いた。
今日、ゼロから、始めるとしたら、この事業を、やるか。
答えは、すぐに、出た。
やらない。
では、なぜ、続けているのか。
やめたら、五年分の、赤字が、確定する。
それが、怖かった。
松井は、数字を、並べた。
五年間の、赤字、合計。今後三年の、見込み。
見込みは、毎年、赤字だった。
続けた、場合の、損。やめた、場合の、損。
やめたほうが、小さかった。
松井は、部下に、言った。
「次の半年で、この数字に、届かなければ、やめる」
売上と、受注数。二つだけ、決めた。
半年後、数字は、届かなかった。
松井は、役員会で、報告した。
「撤退します。この事業で、得た、ものも、あります」
医療向けの、検査の、ノウハウ。若手の、設計の、経験。
役員の、一人が、言った。
「早く、決めてくれて、助かった」
事業に、かけていた、三人は、本業の、新しい、案件に、移った。
半年で、受注が、増えた。
松井は、手帳に、書いた。
損を、取り戻す賭けは、損を、増やす。
その下に、足した。
やめる条件は、始める前に、決める。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。
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