化学メーカーの品質管理課長が、説明会で白い紙を回した話
全員が、うなずいていた。全員が、分かっていなかった。
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「この数字は、何回言ったら、分かるんだ」
課長の松田は、会議室で、声を荒げた。
部下の斎藤は、うつむいた。
「こういう仕事のミスは、お前だけだ。やる気が、ないんじゃないのか」
周りの席にいた社員たちは、画面を見たまま、動かなかった。
松田には、悪意はなかった。納期が迫っていた。品質が落ちるのが、怖かった。
指導の、つもりだった。
翌週、斎藤が、休んだ。
その次の週も、休んだ。
「体調不良、とのことです」
人事の担当者に、そう言われて、松田は、頷いた。
廊下で、同僚の課長が、声をかけた。
「斎藤くんのこと、聞いたよ。松田さんの、叱責が、きつかったという声が、出ている」
松田は、言葉を、失った。
「指導の、つもりだった」
同僚は、静かに言った。
「つもりは、分かる。ただ、受け取る側には、違って届いていた、ということだ」
その夜、松田は、自分が、斎藤に言った言葉を、書き出した。
「何回言ったら」。「お前だけだ」。「やる気がないのか」。
事実は、数字の間違いだった。それ以外の言葉は、全部、斎藤の人格に、向いていた。
場所も、全員の見える会議室だった。
そして、「次は、どうしてほしいか」を、一度も、言っていなかった。
三つの線を、すべて、越えていた。
斎藤が、復職する日、松田は、会議室ではなく、別室で、二人だけで、話した。
「先日の言い方は、間違っていた。数字のミスを指摘するところから、人格の話にまで、踏み込んだ。申し訳なかった」
斎藤は、黙って、頷いた。
「これから、数字のことは、数字の話だけにする。場所は、別室。次に、どうしてほしいかを、必ず、言う」
斎藤は、少し、考えて、言った。
「ありがとうございます」
それ以上は、言わなかった。
その後、松田は、感情が高ぶったときの決まりを、作った。
六秒、息を吐く。席を外す。翌日に回す。
最初の月は、二回、席を外した。
三か月後、斎藤が、提出した資料に、数字の間違いが、一か所、あった。
松田は、別室に呼んで、言った。
「ここの数字が、二か所、違う。提出前に、もう一度、確認してほしい」
斎藤は、頷いた。
「分かりました。確認します」
それで、終わった。
会議室を出るとき、松田は、少しだけ、足を止めた。
三つの線の、どこも、越えていなかった。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。
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