機械部品商社の課長が、高いシステムを入れても、残業が減らなかった話
画面は新しくなった。承認の紙は、そのまま残っていた。
読むStory
工場長の矢野は、朝礼で、ベテランの田中の退職が、来月だと、全員に伝えた。
誰も、驚かなかった。三十五年勤めた人だった。
ただ、その日の午後、矢野は、事務所で、ふと、気づいた。
あの人にしか分からない仕事が、いくつあるのだろう。
矢野は、紙に、書いた。
もし、田中が、明日、休んだら、止まる仕事。
あんの仕込み。焼き色の、確認。機械の、調整。
三つ、あった。
手順書は、どれも、なかった。
矢野は、息を、止めた。
これまで、何度も、書こうと言ってきた。そのたびに、忙しいと、後回しにしてきた。
翌日、矢野は、田中に、頭を、下げた。
「退職までの間に、仕事のやり方を、聞かせてほしい」
田中は、少し、笑った。
「書けと言われても、困るぞ。書いたことが、ない」
「書かなくて、いい。やりながら、声に出して、話してもらえれば、私が、メモする」
田中は、頷いた。
最初の仕事は、あんの仕込みだった。
田中が、鍋の前に、立った。
「まず、火を、これくらいに、する」
矢野は、メモを、取った。
「これくらいとは」
「煮立つ、手前だ」
「何分、かかりますか」
「最初は、二十分、くらいか」
矢野は、時計を、見た。十八分だった。メモに、書いた。
火の強さ。時間。見るところ。終わりの形。
四つの項目を、田中の話から、拾っていった。
三日で、三つの仕事の手順が、紙に、なった。
次に、若手の木村に、その手順で、あんを、作らせた。
木村は、紙を、見ながら、鍋の前に、立った。
十分後、木村の手が、止まった。
「ここで、火を、どれくらい、弱めるんですか」
矢野は、紙を、見た。そこに、書いていなかった。
田中が、横から、言った。
「泡の大きさが、変わったら、だ」
矢野は、その場で、手順に、足した。
泡の、大きさが、ごま粒くらいになったら、弱火にする。
二回目、木村は、止まらなかった。
できたあんは、田中が、味見した。
「悪くない」
田中は、短く、言った。
退職の日、田中は、矢野に、言った。
「書いておいて、よかったな」
矢野は、頷いた。
手帳に、書いた。
聞き取る。書く。別の人に、やってもらう。
その横に、足した。
もっと、早く、やるべきだった。
この物語はフィクションです。実在の人物、団体、企業とは関係ありません。
Stories
時間の話を先に並べています。
画面は新しくなった。承認の紙は、そのまま残っていた。
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読む悩みのテーマ